警察介入案件における「法」と「弔い」の狭間。実務家が解説する、ご遺体帰還までの行政・法的手続きの全容

交通事故・警察|村岡総研葬儀社

1. はじめに:現代社会における「異状死」の定義と現実

日本において、人が亡くなる場所は病院のベッドの上だけではありません。自宅、路上、入浴中、あるいは誰にも看取られることなく最期を迎えるケースは、高齢化社会の進展とともに増加の一途をたどっています。
一般的に、医師の管理下にある入院患者が亡くなった場合、それは「自然死(病死)」として扱われ、臨床医によって死亡診断書が交付されます。この場合、プロセスは医療と家族の間だけで完結します。 しかし、それ以外の死、すなわち「診療中の疾病以外で死亡した場合」や「死亡時の状況に不明な点がある場合」は、法的に「異状死(いじょうし)」と定義されます。
異状死が発生した場合、そこには必ず警察権力が介入します。これは故人や遺族を疑っているからではなく、国家の制度として「死因の公正な究明」と「犯罪性の否定」を行わなければならないという法的義務が存在するからです。
本稿では、突然の警察介入に直面した際、具体的にどのような法的・行政的手続きが行われるのか。感情論を一切排し、現場の実務家としての視点から、その全容を体系的に解説します。

2. 法的根拠:なぜ警察が介入するのか(医師法と刑事訴訟法)

警察が介入する根拠は、明確に法律で定められています。 まず、発見者や医師に対する義務として医師法第21条が存在します。
医師法第21条 医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署長に届け出なければならない。
この条文により、例えばかかりつけ医が往診で死亡を確認した場合でも、死因に確証が持てない場合や、最終診察から時間が経過している場合は警察へ通報することになります。また、一般人が発見した場合も同様に警察への通報義務が生じます。
通報を受けた警察官(地域課の警察官など)が現場に臨場し、一見して「事件性がない」と断定できない限り、刑事課(強行犯係など)や鑑識課へ引き継がれます。ここで法的根拠は刑事訴訟法へと接続されます。
刑事訴訟法第229条 検察官は、変死者又は変死の疑いのある死体があるときは、その検視を行わなければならない。(中略)検察官事務官又は司法警察員にこれを代行させることができる。
この条文に基づき、警察は「検視(けんし)」を行う権限と義務を持ちます。つまり、警察の介入は任意のものではなく、法治国家における必須の行政手続きなのです。

3. 実況見分と検視:「ご遺体」が「物証」として扱われる時間

警察が到着してからご遺体が遺族の元へ戻るまでの間、ご遺体は法的に「物証(証拠物件)」としての性質を帯びます。この段階では、たとえ肉親であってもご遺体に触れることは許されず、場合によっては同じ部屋に入ることさえ制限されます。

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  • 現場保存と実況見分

    警察到着後、直ちに行われるのが現場保存です。室内の状況、遺体の位置、着衣の乱れ、争った形跡の有無、遺留品の確認などが徹底的に行われます。これらは全て「事件性の有無」を客観的に判断するための材料となります。

  • 「検視」のプロセス

    刑事訴訟法に基づく「検視」は、あくまで「犯罪性の調査」です。検察官(または代行する警察官)が、外表(体の表面)を検査し、刺し傷や絞殺痕などの不審な点がないかを確認します。この際、医師(警察医や監察医)も立ち会い、医学的な見地から死因を判断する「検案(けんあん)」も同時に行われるのが一般的です。

このプロセスにおいて、ご遺体は徹底的に調べられます。体温の測定、死後硬直の度合い、死斑(しはん)の状態などが記録され、死亡推定時刻が割り出されます。これらは事務的に、かつ厳密に進行します。遺族への事情聴取(発見時の状況、既往歴、最近の様子など)も並行して行われますが、これは故人の尊厳を無視しているわけではなく、死因特定のための不可欠な情報収集プロセスです。

4. 分岐点:検案、行政解剖、司法解剖の法的違い

現場での検視・検案の結果、死因が特定され、かつ事件性がないと判断されれば、その場で死体検案書が作成され、ご遺体は遺族に引き渡されます。しかし、死因が判明しない場合や、より詳細な調査が必要な場合は、ご遺体は警察署の霊安室、あるいは大学の法医学教室へと運ばれます。
ここでの処置は大きく分けて2つの「解剖」に分岐します。この違いを理解している一般の方は非常に少ないですが、法的根拠と目的が全く異なります。

A. 司法解剖(しほうかいぼう)

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  • 根拠法

    刑事訴訟法第168条

  • 目的

    犯罪捜査。死因が犯罪に起因するものか、あるいは犯罪の可能性がある場合に行われます。

  • 特徴

    裁判所からの「鑑定処分許可状(令状)」に基づいて行われる強制処分です。したがって、遺族の承諾は不要(拒否不可)です。執刀は大学の法医学教室などの法医学者が担当します。

B. 行政解剖(承諾解剖・調査解剖)

  1. 根拠法

    死体解剖保存法第8条など(地域により監察医条例)

  2. 目的

    公衆衛生の向上と死因究明。犯罪性は薄いが、死因が医学的に不明瞭な場合に行われます。

  3. 特徴

    東京23区や横浜市、大阪市などの「監察医制度」がある地域では、監察医の権限により遺族の承諾なしで実施可能です(行政解剖)。制度がない地域では、遺族の承諾を得て行われる「承諾解剖」となります。

この解剖のプロセスを経る場合、結果が出るまで数日から数週間、ご遺体が戻ってこないケースもあります。その間、ご遺体は警察あるいは委託された機関の管理下に置かれます。

5. 書類の実務:「死体検案書」が持つ行政的な効力と費用

全ての医学的・法的調査が終了すると、医師によって「死体検案書(したいけんあんしょ)」が交付されます。 これは病院で亡くなった場合の「死亡診断書」と同等の法的効力を持ちますが、性質は異なります。

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  • 行政手続きへの接続

    日本の法律(墓地、埋葬等に関する法律)では、市町村役場に死亡届を提出し、「火葬許可証」の交付を受けなければ、火葬(埋葬)を行うことができません。その死亡届に添付が必須となるのが、この死体検案書です。 つまり、警察案件においては、検視・検案のプロセスが完了しない限り、葬儀という次のステップへ進む法的許可が下りない仕組みになっています。

  • 費用の所在

    実務上、トラブルになりやすいのが費用負担の問題です。

  • 死体検案書作成料

    通常、遺族負担となります。公的な書類ですが、作成するのは医師(個人または医療機関)であるため、数万円の手数料が発生します。

  • 遺体搬送費

    警察署から自宅や安置所への搬送費は遺族負担です。

  • 解剖費用

    司法解剖や、監察医制度に基づく行政解剖の場合、費用は公費(国や自治体)で賄われます。しかし、地域によっては承諾解剖の一部費用が遺族負担となるケースもあり、一概には言えません。

6. 引渡し(リリース):捜査権から遺族権への移行

全ての捜査と検査が終了すると、警察署長(または担当刑事)から「死体引渡書」への署名を求められます。この瞬間が、法的・実務的なターニングポイントとなります。

  1. 法的性質の転換

    署名を行った時点で、ご遺体の管理権限は国家(警察)から遺族へと戻ります。これまでは「証拠」として保全対象であったご遺体が、再び「家族」として扱われることが許される瞬間です。

  2. 物理的な処置の必要性

    しかし、実務的な観点から言えば、この時点でご遺体は相応の物理的ダメージを受けていることが大半です。

  3. 死後変化の進行

    発見までの時間経過による腐敗、乾燥。

  4. 解剖による侵襲

    開頭・開胸・開腹を行った場合、医学的に適切な縫合はなされますが、生前の姿とは異なる場合があります。

ここで初めて、私たち葬儀社(実務家)の役割が発生します。警察署の霊安室、あるいは解剖施設にお迎えにあがり、専門的な処置(エンバーミングや特殊な納棺技術)を施すことで、衛生上の安全を確保し、ご遺族が対面できる状態へと整えます。 警察の役割は「死因の究明」までであり、「遺体のケア」は管轄外です。この「制度の切れ目」を埋めるのが、警察案件を専門とする葬儀社の機能と言えます。

7. おわりに:制度を正しく理解することの意義

ここまで解説してきた通り、警察介入案件における一連の流れは、個人の感情や事情とは切り離された、厳格な法的システムの上で動いています。
突然の不幸に直面し、悲嘆に暮れる遺族にとって、警察官の事務的な対応や、解剖という響きは、冷たく残酷なものに感じられるかもしれません。しかし、それは決して故人を軽んじているわけではなく、法治国家として「ひとつの命が失われた原因」をあやふやにせず、正しく記録し、社会的な公正さを保つために不可欠な手続きなのです。
検視、検案、解剖、そして引渡し。 これらは全て、故人が社会的な存在としての最後の責任(法的記録)を全うし、物理的にも社会的にも清算を終えて、静かな眠りにつくための儀式の一部であるとも捉えられます。
私たち実務家は、この厳格な「法」の世界から、温かな「弔い」の世界へと、ご遺体とご遺族をスムーズに橋渡しすることを使命としています。仕組みを知ることは、不安を減らすための第一歩です。万が一の際、この知識が冷静な判断の一助となることを願います。


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